フジ住宅の訴訟と裁判 最新情報

今回もフジ住宅の訴訟・裁判に関する情報をお届けします。

今回はフジ住宅の裁判・訴訟の内容から、最新情報をご紹介します。

 

“(3)職場環境配慮義務違反とされる点に対して

原告は、ヘイトスピーチないしそれに類する差別助長の資料の配布行為に関する被告フジ住宅の違法性ないし責任根拠として、職場環境配慮義務違反を主張しているが、被告らとしては、ヘイトスピーチないしそれに類する差別助長の資料の配布行為とされるものは、ヘイト性も差別助長性も否定される結果、せいぜい第2類型の「政治的見解等の配布行為」の一部に位置づけられることになると考えている。

その「政治的見解等の配布行為」においても、違法性ないし責任根拠として職場環境配慮義務違反が主張されているので、そちらの項(後述2)で、補充の反論をする。

 

(4)原告の被害の実情

ア 主観的な被害感情のみ

原告の陳述書(甲32、110)提出を経て、原告本人尋問を経ていっそう明らかになったのは、原告が受けた被害とされるものが、結局は、自身の主義主張に相容れない表現に接して主観的に不快であったということに尽きるという点である。

原告が象徴的な例として挙げた「日狂組の教室」という漫画や、従軍慰安婦に関連する論考等に接したときに、原告は大きな苦痛を覚えた旨を供述したが(原告6~11頁等)、その内実は、歴史認識や思想性の違いからくる不快感や感情的反発に過ぎない。また、原告の受け止めに関しても、「ついには『戦争してくださってありがとう』という感想文が経営理念感想文に選ばれるに至りました(甲19の99頁等他多数)。」などと述べられているが(甲110・16頁)、甲第19号証の99頁の感想文を見ても、先の戦争の文脈とは別に「国作りをしてくれた先人達に感謝して」と書かれているのみであり、原告による要約は全く理解し難い。原告は被告らの資料配布について、「韓国人はうそつきとか、日本人は正しくて美しいと思えないのは反日だ、異国だ、売国奴みたいなことを広めだして」と一言でまとめるが(原告20頁。原告本人尋問調書の原文ママ。なおこの部分の「異国」という調書記載は「売国」が正しいと思われる)、それもあまりに一方的な総括であり、被告らからすると原告の曲解以外の何物でもない。被告らとしては、同様の曲解が原告には多いのではないか、そして特定の表現に対する曲解に基づく不快感まで法的保護の対象にせよというのは不当なのではないかとの強い疑問を拭えない。

原告は、自身が小中学校時代に受けた平和学習(甲110・3頁)のようなものは、中身によっては会社内で行われることも許容されうると考えるようである。少なくとも全否定はしていない(原告35頁)。しかし、それは、教育や配布資料の内容が、自分が肯定できるものは許容するし、自分が認め難いものは排除するという一方的なダブルスタンダードであり、職場環境という一見ニュートラルな立論には恣意が多分に含まれている。

何より重要なのは、具体的に原告個人が社内で差別的言動に曝されたというエピソードがないことである。そのことは、原告も明確に自認している(原告38、39頁)。”

 

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”  それらはおいても、内容は許容されるものをタイトルだけは削除して配布すべしという考え方自体、表面的な「言葉狩り」であり言論の過剰な抑圧であるといわざるをえない。タイトルや見出しはトータルな一つの表現の極めて重要な要素であり、それをカットするというのは当該表現の本質を毀損するものであり、表現者に対する著しい非礼でもある。実際的にも、甲第127号証のような資料を配布する際に、タイトル部分を黒塗りすると異様な体裁になってしまう。さらに、タイトルがいけないというのであれば、それと同趣旨の本文の表現を黒塗りせねばならないが、それを実行すると、本文中にも黒塗りが多々ある資料となる。しかし、そうまでせねば、適法に配布できないような禁断の内容なのであろうか。当該論考にしても、WiLLの特集にしても、近時の韓国内の情勢を紹介し、日韓の摩擦に関して日本のスタンスはこうあるべきだと主張する公益目的かつ公益性を十分に有する内容の資料なのである。

 同様の文脈で、韓国批判はよいとしても民族性を否定する言葉は配布するべきでないとの趣旨の原告代理人からの被告今井に対する質問もあったが(今井31頁)、具体的内容はよいが、民族性に否定的に論及してはいけないというのも、表現の自由の解釈として誤っている。国家や国民性と密接に関わるテーマの場合、その国家や国民性を論評するにあたって、当該国家を構成する民族の特性に触れざるをえないことも多いからである。そういったことは何ら差別ではない。被告フジ住宅準備書面12でも述べられたように、原告は、韓国という国家や韓国人の国民性についての批判的言論を、あらゆる前提抜きで単に民族性を貶める言説と混同しているのである。

 そういった問題の参考になる、意見・論評による名誉毀損の成否の議論においても、真実である事実を前提とした意見・論評については、「人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したもの」でなければ適法とされる(ロス疑惑訴訟『夕刊フジ』事件に関する最高裁平成9年9月9日第3小法廷判決)。その理由は「意見ないし論評については、その内容の正当性や合理性を特に問うことなく、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、名誉毀損の不法行為が成立しないものとされているのは、意見ないし論評を表明する自由が民主主義社会に不可欠な表現の自由の根幹を構成するものであることを考慮し、これを手厚く保障する趣旨によるものである」(脱ゴーマニズム宣言事件に関する平成16年7月15日最高裁判所第一小法廷判決。下線部は被告今井代理人)(被告今井第4準備書面2頁以下同旨)。”

 

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“イ 被告今井の本人尋問での供述について
原告は、被告今井が「在日は死ねよ」という言葉だけでなく、「韓国人は嘘つき」、「野生動物と同じ」といった表現をヘイトスピーチであると述べた(今井17~19頁)ことをもってヘイトスピーチ該当性が明らかになったと主張すると思われるが、ヘイトスピーチないし違法言論に該当するかという点は、法的評価の問題であって、仮に被告今井が尋問に際してそれを認めたとしても、そのことから直ちに結論が決まるというものではない。
ヘイトスピーチの定義が確立、共有されていない中で、一般論として「韓国人は嘘つき」、「野生動物と同じ」等の断片的な表現がヘイトスピーチに該当するか聞かれた被告今井は、「その言葉自体は、きつい批判の表現ではある」というくらいの意図で肯定したにすぎず、被告今井の供述の全体的趣旨からは、本件での被告らの具体的な配布資料の記載がヘイト表現であったことは否定している。

ウ タイトルを消して配布すべき/民族性は否定してはならない等の指摘に対して
被告今井に対する反対尋問においては、原告代理人から、甲第127号証のような資料(韓国で近時「反日種族主義」という本がベストセラーになっていることを紹介する雑誌WiLL掲載の論考)を配布するにあたっては、「韓国が消えても誰も困らない」、「韓国人は嘘つき」といったタイトルを消して中身を紹介して配るべきであるという考え方に沿った尋問がなされた(今井18~22頁)。
このような資料は内容的には問題がないが、攻撃的なタイトルは違法性を帯びるというのが原告代理人の見解のようであるが、内容自体は許容されるという部分は、原告の従来主張(「反日言論」に対抗する主張は「歴史修正主義」であり人種的民族的差別を助長するもので問題)から大きく後退している。
また、全体として表現の内容は許容されるものであってもそこに含まれる攻撃性の強い言葉があれば、その一部分はヘイトスピーチに該当するというような解釈は、原告がこれまで主張してきたヘイトスピーチの定義(原告第11準備書面10頁以下等)からも逸脱している。”

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  在日特権に関する資料(甲40の8・756頁、87、88頁)やそれに関する感想(甲6)は、部門長会議資料に含まれていたもので原告は配布対象ではないことに争いはないし、在日特権に関する資料配布はそれらが唯一であって、被告今井に特段強い問題意識があって配布したものでもなく(今井23、47頁。乙22・19頁)、また、本件紛争の実質的争点でもない。そもそも、この点を原告は本件の不法行為に基づく損害賠償請求の根拠事実として主張していない(原告第11準備書面別表4-3に含まれていない)。

 「韓国は永遠に捏造する国家であり、日本国は全ての支援を切り、断交すればよいと思います。自国の歴史を整形するような国は、自滅するのみです。」(甲22・1004頁。原告第11準備書面別表4-1番号25)との配布資料の記載も原告は問題視するが(今井30頁)、「韓国の大統領がアメリカ議会で日本を『正しい歴史認識がなければ明日はない』と批判していた」ことに対する意見であり、ヘイト言論などではなく韓国の対日外交姿勢に関する政治的な意見論評であることは明らかであって、意見内容が厳しいものであったとしても、当然に表現の自由により保護されるべきものである。「国交断絶」が政治的意見として良いものかどうかは、表現の自由市場での淘汰に委ねられるべき事柄である。また、被告今井も、韓国という国家の対日姿勢に関する批判意見の一つを紹介する趣旨で配布しただけであり、会社として日本国が韓国と国交断絶をすべきと考えているわけでもない(今井30頁)。

 『おじいちゃん、戦争のことを教えて』(甲24・107頁以下。原告第11準備書面別表4-2番号106~111)については、原告は、「戦争を正当化する感じ」はあるものの、民族差別的な文章には当たらないと述べており(原告33、34頁)、違法とされる要素がどこにあるのかもよく分からない。なお、被告らとしては、「戦争を正当化する」書物であるというまとめも、乱暴すぎる決めつけであるということは付言しておきたい。

 以上のように、最も悪質なものとして尋問で取り上げられた例を拾っても、ヘイトスピーチや、意図的な差別表現とは言い難いものばかりであり、むしろ本来的に表現の自由によって保護されるべき政治的意見やそれを支える学究成果が、配布資料の内実である。”

 

次回も続きから紹介していきます。