フジ住宅の訴訟と裁判 最新情報

今回もフジ住宅の訴訟・裁判に関する情報をお届けします。
今回はフジ住宅の裁判・訴訟の内容から、最新情報をご紹介します。

“ そして原告は、参加した岸和田市の展示会では、「会社から言われてきました。こんなことをさせるような人たちが勧める教科書は選んでほしくないです」との旨アンケートに書いて提出しており、その内容を被告らにチェックされたこともなかった(原告54、60頁)。原告はさらに、2箇所目は不参加とするという意思表明をし、乗り合わせた車に会社に戻ってもらい帰っているし、それにあたり同僚に説得を受けたり責められたりしたこともなく、またその2箇所目不参加については、植木副部長は知らないと思うと述べている(原告55頁。同行した同僚がわざわざ植木副部長に報告したりするとも原告には思えず、また、植木副部長が事後「あなた途中で抜けたらしいね」などと原告を責めたりしなかったためであろう)。
そのように、1年目も、1箇所目で原告の提出したアンケート内容は自身の意思が反映されたものであり、かつ、2箇所目への参加もその意思が尊重されたものであり、原告が行動を強いられたり何ら不利益を受けたりしたこともなく、人格的自律権の侵害は何らない。また、1年目に原告がとった行動により、上司や同僚に非難されて人間関係の形成に悪影響が出たというような事実も主張立証されていない。
2年目、3年目の平成26(2014)年、27(2015)年については、原告は不参加であり、人格的自律権の侵害はありえず、職場において自由な人間関係を形成する権利が侵害されたという事実もない。
植木副部長によると、設計監理課では、1年目は全員が参加したが、2年目は課内では8割、原告と同じCAD担当のグループでは12人中1人のみの参加であり、3年目は課内では約5割、CADでは全員不参加であったとのことである(植木4頁)。1年目は、強制の結果ではなく、被告今井や植木副部長の呼びかけの熱意や新鮮味もあって課内全員参加となったと思われる。
強制ではなかったことの証左として、被告今井がいっそう呼びかけに力を入れていった2年目、3年目は参加率が下がっていっている。また、原告の人間関係のうえで特に重要なCAD担当のグループの同僚らは、ほとんど参加しておらず、不参加が原告の自由な人間関係を形成に支障をきたしたとは到底思われない。”

次回も続きから紹介していきます。

フジ住宅の訴訟と裁判 最新情報

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“ 原告は、業務時間内に社有車への乗り合わせで展示会を回って構わないと社内で被告らが打ち出したことをもって、業務性を帯びているかのようにも指摘するが(今井36頁)、失当である。被告今井の意図は、家族を抱えて忙しいパート女性の方など、賛同してくれる社員が展示会に行こうとしたときに、家庭生活やプライベートの時間に負担になるかもしれないので、そうならないように配慮したというところに尽きる(今井15頁)。
こういう呼びかけの態様を見ると、教科書展示会参加自体にも強制はなく、アンケート記載の意見内容に関しても何ら押し付けはない。社員としては、教科書関係についても受け取った資料はせいぜい表紙を見て内容を確認し、趣旨に賛同できなければ、読まずに処分し、参加もしないという対応が可能である。

(2)原告が受けたとする被害の実情
「教科書動員」とされる点についても、原告に対しては、「人格的自律権、職場において自由な人間関係を形成する権利」の侵害はなかった。
1年目の平成25(2013)年は、原告は、乗り合わせ表に原告も入っており1箇所目の岸和田市の展示会に同行することになったが、植木副部長が音声データを部署内で配布し「参加したくない人は申し出るように」とアナウンスしていたのにその録音内容を原告が聞いていなかったために、乗り合わせ表に記載されただけであり、原告が参加を強制されたわけでは全くない(原告23頁、今井36頁)。”

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フジ住宅の訴訟と裁判に関する書面を、公式ブログから紹介しています。

” 3 教科書動員との主張(第3類型)に対して
(1)職場環境配慮義務違反との主張に対して
原告は、「教科書動員」と主張する部分(第3類型)においても、被告らの行為は職場環境配慮義務違反であると述べるが、教科書展示会への参加とアンケートの提出等を呼びかけることもまた、憲法が国民に保障する表現の自由の行使の一つとして極めて重要であり、私企業内で使用者が労働者に対してなす場合であっても、単にそのことだけで表現の自由の保護が及ばないというものではない(なお、教科書アンケートが、「国民の意思を国や自治体を通じて公教育に適切に反映させる仕組み」の一つとしても重要であるという点については、被告今井第3準備書面4頁)。
表現の自由の行使の違法性判断についてはその目的も重要な要素となるので、被告今井の教科書展示会参加等の呼びかけの動機についても触れておくと、知人から聞き及んで小学校の歴史教科書の南京事件の記載の有り様を知り、こんな教科書で教わっては子どもたちは歪んでしまう、なんとかせねばならないと思ったというのが、こういった活動を開始するきっかけとなった。そして被告今井は、その活動により、教科書の歴史記述が正されたり日本の偉人伝が多く紹介されたりすると、子どもたちが自信と誇りを持ち、いじめや非行等の問題、学力や親との関係性等にも好影響が生じ、子どもがよりよく成長できる可能性が高まると確信している(今井14、15頁。乙22・25頁)。これはまさしく純粋な公益目的である。
それらの点を考え合わせると、やはり、教科書に関する呼びかけも表現の自由の一環として当然に適法であることが基本となり、もし社内でのそういった呼びかけが違法とされることがあるとするならば、具体的なその呼びかけの態様を吟味し、社員に対する参加の強制や提出するアンケート内容に関する過度な押し付けがある場合に限られるであろう。
この点に関して尋問から改めて明確になったところとしては、原告にも、他の社員にも、教科書展示会やアンケートについては、希望者のみの自由参加であり任意の協力であることが十分周知され、実態としても参加しなかったり関心を示さない社員も多数おり、不参加であってもそのことが何ら社内の人事査定の資料とされたりなどの不利益な取扱いは全く受けていなかったことが挙げられる(原告24、54~56頁。菊池7頁。植木3、4頁。今井15、36頁)。”

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”  結局のところ、もし社内での政治的見解の資料配布が違法とされることがあるとするならば、具体的なその配布の態様を吟味し、社員に対する記載された意見の強制や過度な押し付けがある場合に限られるであろう。

この点に関して尋問から改めて明確になったところとしては、原告にも、他の社員にも、配布された歴史等に関する資料(政治的見解等)については、読む読まないは自由であると周知され(原告31頁。同37頁でも「完全には読んでいない」と原告は述べる。今井13頁)、読まなくとも何ら不利益処遇を受けることはなく、読んだか読んでいないかを上司や会社が確認することもその手段もなく、読んだかどうかやその意見への賛否を人事査定の資料とされたりすることもなく、歴史等に関するテーマについて感想文を書くようにと指示されることもなく(原告51、52頁。菊池6頁。植木1~3、24頁。今井13頁)、配布された資料を社内で捨ててしまう社員もいる(原告11頁)といった点が重要である。

こういう配布等の態様を見ると、資料の閲読自体にも強制はなく、記載の意見に関しても何ら押し付けはない。社員としては、受け取った資料はせいぜい表紙や題名を見て内容を確認し、歴史等の記載テーマに関して関心が持てなかったり記述の論旨に賛同できなければ、読まずに処分するという対応が可能である。捨てるにあたり、目立たないようにするという配慮をする者がいたとしても、それが資料配布の違法評価を左右するものとは到底いえない。

経営理念感想文では、被告今井の配布資料の内容に賛同する意見が多く掲載されるとしても、それは寄せられた感想文の実態を反映したものであり、それをもって意見の強制や押し付けがあると決めつけられるのは失当である。また、経営理念感想文集についても、閲読や感想表明は義務付けられておらず(今井13頁。乙22・29頁)、歴史等に関する資料についての感想文で原告が反発を覚えるものがあれば読まなければ、それにより特段の不都合はない。

原告は、社員の感想文が被告今井の思想に賛同する内容ばかりであり、それが自分にとって圧迫的に感じたとの旨を主張しているが、社員が被告今井に感化されている実態が感想文集にそのまま表れているのであり、それは、思想の伝播、それを受けた呼応、感想文集という形での伝播呼応状況の発表の全ての局面において被告らと社員らの自由領域の問題であって、そういう実態自体を問題視するのもおかしい。

原告は、配布資料の量的な面にもっぱら着目し、それを資料配布の違法性の中核とするようであるが、内容自体に問題がなく、相手への強制でもない表現が、量的な理由のみで違法評価された例はかつてないと思われる。職場というだけで、そういう表現の「内容規制」が許容されるのかは、大いに疑問である。”

 

次回も続きから紹介していきます。