フジ住宅の訴訟と裁判 最新情報

今回もフジ住宅の訴訟・裁判に関する情報をお届けします。
今回はフジ住宅の裁判・訴訟の内容から、最新情報をご紹介します。なお、最新情報は公式ホームページから抜粋しています。長いので分割してお届けします。

“ 原告は、自身が小中学校時代に受けた平和学習(甲110・3頁)のようなものは、中身によっては会社内で行われることも許容されうると考えるようである。少なくとも全否定はしていない(原告35頁)。しかし、それは、教育や配布資料の内容が、自分が肯定できるものは許容するし、自分が認め難いものは排除するという一方的なダブルスタンダードであり、職場環境という一見ニュートラルな立論には恣意が多分に含まれている。
何より重要なのは、具体的に原告個人が社内で差別的言動に曝されたというエピソードがないことである。そのことは、原告も明確に自認している(原告38、39頁)。
「社内で差別を受けるという被害」については、資料が配られている事実以外では、原告が「そんな韓国人はうそつきとか、そういったものが増えていく状況は本当に怖かったし、このまま広がっていったらどうしようかな、私どうしたらいいだろうという不安と、本当にみんな、そんなことを思い出したらどうしようという怖さがありました」(原告14頁)というように内面に生じた漠たる心配や思いを語るだけである。原告の陳述書(甲110)を見ても、「その攻撃が『私に向けられているのではないか?』と感じても」(17頁)とか、「従業員の中にも、実は私のような存在を批判的な目で見る人もいるのではないかと思うようになり」(18頁)、「上司の影響を受けて韓国人等に対して憎悪感情を持つ人が増えていくのではないかという不安の中で、同僚を信じて自由に話すことができない」(22頁)などと、自身の内面の被害的受け止めや不安が綴られているのみで、客観的な被害事象は何も起きていない。
証人菊池も、被告フジ住宅内で、中国人、韓国人を差別するような言動が行われているところは見たことがないと証言している(菊池証人尋問調書7頁。以下、同調書の記載について、「菊池○頁」と記載する)。
実際のところ、韓国批判の資料が配布されてそれを閲読したからといって、在日韓国人の同僚に対する憎悪感情を生じさせるような浅はかな思考をする社員は被告フジ住宅にはいないし、一般的にも、対韓関係の悪化やそれに伴う韓国(人)批判に影響を受けて、身近な在日韓国人に敵意を抱くような人間は、極めて例外的であろう。
従軍慰安婦問題に関する韓国(人)の姿勢と、自分の隣にいる在日韓国人の人間性を結びつけて考えたりは普通しないし、在日韓国人も世代を経るほどに民族性は薄まり、3世、4世といった代になると本国の韓国人との感覚や考え方は非常に異なるものになっているのが実情であることは、広く知られている(あるいは容易に想像できる)からである。
原告は、在日特権に関する資料を配布された際に同僚に「あなたも税金払ってないのと聞かれました」(原告12頁)と供述するが、具体的にそのエピソードの説明を求められても、極めて曖昧な説明しかできなかったし(原告52~54頁)、そもそも身近な同僚にかように不躾な質問を「素直に聞く」(原告53頁)などという社員がいるとも考えにくく、何よりかかる重要なエピソードが陳述書(甲32、110)にも一切書かれていないのも非常に不審であること等も考え合わせると、原告供述は事実とは到底認め難い。
原告が、著しい苦痛を受け、部門長会議資料の配布不要を申し出てそれが尊重されたにもかかわらず、自ら同僚から部門長会議資料をこまめに収集していた(原告21、22、40、54頁等)。原告は、「人によっては距離をとるために、誰がどんなことを書いているか知っておく目的で」入手していたと述べるが(原告22頁)、陳述書ではそれと異なり、「いつかのために、資料を残そうという思いだけ」だったと書かれている(甲110・11頁)。そのことからしても、実際は、労働基準監督署への持込や訴訟を意識しての収集、保存の行動だったと思われる。それ自体を被告らは非難するつもりはないが、部門長会議資料については「受け取りたくも読みたくなかった資料に、環境的に逃れられず、嫌々ながら曝された」というような被害の実情ではなかったことには、留意されるべきである。
原告は、自身がパートのサブリーダーの任を解かれたことについて、その態度が反抗的に映ったためではないかとの旨も述べるが(原告44~46頁、甲110・19頁)、差別を受けた結果という主張ではない。また、実際は、原告が部門長会議資料を受け取らなかったからではなく、原告の仕事ぶりが立場にふさわしいものではなかったからである(植木証人尋問調書6頁。以下、同調書の記載について、「植木○頁」と記載する)。”

次回はこの続きから紹介したいと思います。

フジ住宅の訴訟と裁判 最新情報

今回はフジ住宅の裁判・訴訟の内容から、最新情報をご紹介します。なお、最新情報は公式ホームページから抜粋しています。長いので分割してお届けします。

“オ 大阪弁護士会の勧告について
原告のなした人権救済申立に対して今般大阪弁護士会がなした勧告(甲125)の内容には、被告らは承服できない。人権侵害があったかどうかは、この裁判で判断されることである。
ただ、弁護士会の今回の勧告書においても、資料配布の目的や、資料受領の強制の有無について「確かに、被申立人による上記資料配布は、申立人を被申立人の職場から排除することや申立人の人格権を侵害することを直接の目的とするものではなく、また、配布された文書を申立人が受領することが強制されていた事実は認められない。」(甲125・3頁)と事実認定がされている点は正当かつ重要である。

(3)職場環境配慮義務違反とされる点に対して
原告は、ヘイトスピーチないしそれに類する差別助長の資料の配布行為に関する被告フジ住宅の違法性ないし責任根拠として、職場環境配慮義務違反を主張しているが、被告らとしては、ヘイトスピーチないしそれに類する差別助長の資料の配布行為とされるものは、ヘイト性も差別助長性も否定される結果、せいぜい第2類型の「政治的見解等の配布行為」の一部に位置づけられることになると考えている。
その「政治的見解等の配布行為」においても、違法性ないし責任根拠として職場環境配慮義務違反が主張されているので、そちらの項(後述2)で、補充の反論をする。

(4)原告の被害の実情
ア 主観的な被害感情のみ
原告の陳述書(甲32、110)提出を経て、原告本人尋問を経ていっそう明らかになったのは、原告が受けた被害とされるものが、結局は、自身の主義主張に相容れない表現に接して主観的に不快であったということに尽きるという点である。
原告が象徴的な例として挙げた「日狂組の教室」という漫画や、従軍慰安婦に関連する論考等に接したときに、原告は大きな苦痛を覚えた旨を供述したが(原告6~11頁等)、その内実は、歴史認識や思想性の違いからくる不快感や感情的反発に過ぎない。また、原告の受け止めに関しても、「ついには『戦争してくださってありがとう』という感想文が経営理念感想文に選ばれるに至りました(甲19の99頁等他多数)。」などと述べられているが(甲110・16頁)、甲第19号証の99頁の感想文を見ても、先の戦争の文脈とは別に「国作りをしてくれた先人達に感謝して」と書かれているのみであり、原告による要約は全く理解し難い。原告は被告らの資料配布について、「韓国人はうそつきとか、日本人は正しくて美しいと思えないのは反日だ、異国だ、売国奴みたいなことを広めだして」と一言でまとめるが(原告20頁。原告本人尋問調書の原文ママ。なおこの部分の「異国」という調書記載は「売国」が正しいと思われる)、それもあまりに一方的な総括であり、被告らからすると原告の曲解以外の何物でもない。被告らとしては、同様の曲解が原告には多いのではないか、そして特定の表現に対する曲解に基づく不快感まで法的保護の対象にせよというのは不当なのではないかとの強い疑問を拭えない。”

次回はこの続きから紹介したいと思います。

フジ住宅の訴訟と裁判 最新情報

今回もフジ住宅の訴訟・裁判に関する情報をお届けします。
今回はフジ住宅の裁判・訴訟の内容から、最新情報をご紹介します。なお最新情報は公式サイトから引用しています。長いため分割して紹介します。

“ウ 今井の有する思想そのものに対する非難(原告第19準備書面)に対して
原告第19準備書面で書きぶりが最も激烈なのは、被告今井の意図する「自虐史観の払拭」というものに対する思想的な面からの非難であった。
原告は、「世界の歴史学の認識」だとか「日本及び世界の歴史学者が認める歴史的事実」として、戦前の日本に対する典型的な東京裁判史観にそのまま則った批判をなしているが(原告第19準備書面8頁以下)、「世界の歴史学」とか「日本及び世界の歴史学者」とは一体何を指しているのであろうか。世界と日本のスタンダードとなっているそのような史観や歴史的事実が、本当にあるとは被告らには思えない。
大東亜戦争の評価に関して言うと、戦勝国が国際法を無視して敗戦国日本の戦争犯罪を一方的に裁いた東京裁判においても、判事の中で唯一国際法の専門家だったインドのパール判事が、開戦に至るまでの経緯を仔細に検討し、「ハルノートのようなものつきつけられたら、モナコやルクセンブルクでも戈をとってアメリカに立ち向かうだろう」と述べて、A級戦犯の被告人全員に対する無罪判決を出し、後世においても評価されている。そのパール判事も歴史修正主義者なのであろうか。
また、原告は、大日本帝国と戦後の日本国は別であるという前提で、今井の思想を弾劾するが、被告今井としては、戦前の日本と戦後の日本の同一性も否定するような議論には全く同意できない。江戸時代以前から、明治期、大正期、戦前、戦中も含めて、我が国の父祖が必死に築いてきたものの積み重ねの上に今の日本の繁栄と平和があると謙虚に受け止め、感謝すべきというのが被告今井の考えである。

エ 顕わになった本件訴訟の本質、原告の目的(原告第19準備書面関係)
原告側と異なり、被告らは思想そのものの当否を議論したいわけではない。思想や信念の違いが埋まらないのは、やむをえないことである。
被告らとして指摘したいのは、原告第19準備書面の主張により、本件訴訟の本質や原告の目的が、「特定の思想に対する抑圧」であることが顕わになったという点である。
原告が述べるところは、「被告今井は『大日本帝国』の思想を信奉する者」で、「被告今井が信奉する思想は非常に危険なもの」であり(原告第19準備書面10、12頁等)、そういった危険思想に基づく資料を自ら経営する職場内で多数配布することは職場環境を悪化させるもので違法だというものである。
その主張の本質は、「今井の思想が危険だから広めるな」というものであり、職場環境云々は、実は従たる要素に過ぎない。
もし仮に、今井が配布していた資料が、左派とか革新の思想傾向のものであったならば、原告は決して違法だとは主張しないであろう。原告の言う「正しい」歴史認識というものに則った資料は、職場環境を悪化させないからである。
しかし、それは露骨なダブルスタンダードであり、フェアな法律論とは言えない。特定の思想表現に対する、訴訟を利用した抑圧である。
政治的な意見や言論に対し、危険思想などとレッテルを貼って弾圧するようなことは決して許さないというのが、現行憲法の表現の自由のはずである。”

次回はこの続きから紹介したいと思います。

フジ住宅の訴訟と裁判 最新情報

今回もフジ住宅の訴訟・裁判に関する情報をお届けします。
今回はフジ住宅の裁判・訴訟の内容から、最新情報をご紹介します。なお、ブログの内容は公式サイトから引用しています。文章が長いため、分割しているのでご理解ください。

“イ 業務との間接的な関連性
原告からは、業務と関連性のない内容の資料を社内配布するのは問題であるとの主張も繰り返されているが、「自虐史観の克服」という被告今井の思いや信念と、社員の成長、会社の業績向上は、合理的につながっているというのが被告今井の認識である。具体的に要約すると、次のようなものである(今井10~12頁)。
「社員のため、社員の家族のため、顧客・取引先のため、株主のため、地域社会のため、ひいては国家のために当社を経営する」というのが被告フジ住宅の理念である。同社は、顧客満足度日本一を目指しているが、社員が不幸で価値観が低いと、お客様の幸せを考えられない。社員が自信や誇りを持ち、家族と一緒に幸せになり、親兄弟や親友に家を買ってもらうような気持ちで顧客サービスができれば、顧客も満足し幸せになる。読んだ社員が見識と器量を高め、日本の良さをいっそう知ってこの国を好きになり、それにより自信や誇りを持ち、幸せになることにつながると考えて、資料を配っている。そういう意味で、資料配布は、結果として(間接的ではあるが)会社の業績にもつながる。
被告今井の考えるそのような因果関係を図式化すると、「資料配布 → 読んだ社員の見識と器量(価値観)の向上、日本人としての自信や誇りの獲得 → 社員やその家族の幸せ → 顧客サービスの充実 → 顧客の幸せ、満足 → 会社の業績向上」ということになる。
上記の意味で、「業務と全く関連性のない内容の資料が社内配布されている」という原告の指摘は当たらない。もちろん、「業務と関連性があるのかどうか」という判断は、立場や考え方によって違いが生じるものであろうが、社風の確立の仕方、社員教育のあり方、業績向上に向けた理念と実践方法などが直接反映される社内資料の配布判断については、民間企業の私的自治の中で、経営者の広い裁量が尊重されてしかるべきであって、簡単に違法評価されるべきではない(被告今井第5準備書面1頁以下、同第6準備書面15頁以下、19頁以下、同第7準備書面6頁以下、9頁以下等参照)。”

次回はこの続きから紹介したいと思います。